ましましの承認欲求

 最近小説を書かずにこっちのブログの文章ばっかり書いてますね。やっぱり気楽だからでしょうね。だって小説は上げた瞬間に評価がはじまってしまうから。

 ここのブログもアクセス数が出ますけどアクセス数が多い=いい記事ではないですし、そもそもほとんど自分しか見てない気がしますのでほとんど日記を書いてる気分です。本当に気分が楽。誰も見てないんだし何書いてもいいじゃんの気分ですね。何書いてもどうせアクセス数なんて伸びねぇよって感じ。

 

 はい、本文。

 小説をアップし続けてだんだん評価が(ブクマとかいいねとか)もらえるようになってきました。同じCPをずっと書いてることもありましてABのイカスミパスタという感じで一部の人には認知されるようになりました。

 誰が押したかとかも見れるんでああ、いつものメンバーだって人が出来てくるんですね。本当にありがたい限りです。

 

 じゃあそれで承認欲求が満たされるのか、楽しくなるのか?

 

 答えはNOですね。

 予想通り、今よりもっともっと大きい数字が欲しくなってきます。最初は見てくれた!ありがとう!の気持ちからだんだん閲覧だけしてブクマしないやつとかなんなの?ブクマしないんなら読むなくらいの傲慢さになってきます。人のキャラクター借りて小説書いてるだけなのに本当に良いご身分ですね。

 たとえ自分比良い数字がもらえたとしても今度は感想が欲しくなるんですね。感想って言い方はやめましょうか。文章で自分の小説を褒め称えて欲しくなるんですね。

 感想は中毒性があります。本当に格別ですもん。一回もらうともう戻れません。いやどう考えてもお世辞だろうってくらいの文章で私の小説を褒め称えてくれるんです。

 

以下感想の例(微妙に改変してます)

神さまいつも素敵な作品をありがとうございます!

泣きました、本当にいいお話でした。

この小説に巡り会えたことを感謝しています。

 

はい、こんな感じ

嘘だろ。お世辞だろうって思いますよね。私もそう思います。でも嘘だろうと思っていてもすごく嬉しいんですね、これが。現実社会でお世辞でもこんなに褒められることなんてないですからね。

 この文章が一回来ると、どうなるか。満足するのか?

 

 これがしないんですね。

 1通もらうともう1通欲しくなります。じゃあ2通もらったら3通って感じできりがないんです。もっともっと感想が欲しい。もっともっと褒めて欲しい。いい話だって言われたい。

 もっと欲しいだけならともかく今度は感想が来ないと今回の作品ダメだったかなとか落ち込んでヘラりだすんですよ。しばらく感想きてないな。もう書くのやめようかなとか思い出すんですよ。止まらない承認欲求ですね。これ書いてて自分でもアホだなって気が付きました。

 

 ちなみに感想をもらいたい時の1番いい方法は素直に感想くださいと書いてアピールすることですね。

 なんなら作品毎に毎回やりたいくらいですがあんまりやるとヤベーやつということがバレるので3ヶ月に1回位に抑えてます。

 

 嘘でも哀れみでもいいから感想くれ。いいなって思わなくてもいいねって押せ。って感じのマインドです。誰かに褒めて欲しい。本当に。

 

 

避けられない評価と依存

 さて、そんなこんなで書いた小説をとあるサイトで公開した私ですが投稿したとなると今度は避けられないのは評価です。

 どこの小説投稿サイトかはあえて明言しません。ただどの投稿サイトもだいたい一緒です。ブクマやいいねなどの数で評価されるんです。となると当然この数字が驚くほど気になります。投稿してから何度も何度も数時間おき、ひどい時は数分おきにこの数字が増えているのか確認しないと気が済みません。そして数字が増えていたら喜び、増えてなかったら悲しむ。さながら依存症です。

 ちなみに今も依存症です。投稿した小説にどれくらい評価がついているか、増えているか何時間かおきに確認しないと気が済みません。ほんとに時間の無駄ですよね。でも無駄だと思ってもやめられないんです。どうしても確認したいんです。

 自分の数字が増えてるか減ってるかも大切なポイントですが、他人との比較も重要なポイントです。この人には勝ってる。この人には負けてる。そんなことをずっと見比べては思い続けてます。

 なんでこんなクソ小説に負けてるんだ!そう思うこともありますが、多分世間の評価の方が正しいです。というのも自分で書いた小説は自分の好きなシチュエーションで自分の好きなキャラが自分好みに当然動くので、どれが面白くて面白くないのかまったく持ってわかりません。自分で読んだら全部面白いんだもん。自分天才かと思う。でも天才じゃあないんですね。客観的な評価がそれをはっきり示してます。

 

 もともと自分を認められたいってとこからスタートしてますので、当然評価が得られないのはストレスです。めちゃくちゃショックです。

 でも高い数字をもらってもそれはそれでプレッシャーなんです。次作滑ったらどうしよう。もう適当な作品書けないって。

 つまりどうやっても満足できないんです。本当にわがまま。ジャンルのトップに立つくらいすごい数字を貰えば満足するのかもしれませんがそんな才能はないので当然無理。上を見るとキリがない。勝手に比べて勝手に落ち込む。

 でもこんな素人の文章にしてはよく評価をもらっているような気もする。書き続ければ固定の人が毎回いいねしてくれたりもする。本当に嬉しい。

 そんな風に評価に振り回され自分実はメンヘラだったのかなってくらい情緒不安定になります。創作やっててよかった!最高!って時と、誰もみてくれてなんていない。誰も望んでなんていない。もう書きたくない。過去作も消してしまえ!っていう感情を数日おきに行き来してる感じです。

 

 今は割と安定してますね。まあ、こんなもんだろうなって現実が見れてる感じです。でもまた落ち込む時は落ち込むんでしょうね。こんな不毛で疲れる趣味やめてしまえばいいのに、評価をくれる数人の人や、過去書いた小説の感想をくれた人が忘れられなくて今も結局書き続けてます。

 

創作のきっかけ

 自己紹介にちらっと書きましたが、私がBL小説を書き始めたきっかけは仕事のストレスです。

 つまり推しCPへの萌えが増しすぎてこれは書くしかない!となったから書いたわけではありません。これは重要なポイントです。

 

 当時の私は職場のお局によるありがちないじめにあい(本当にありがち、無視されたりとか仕事押し付けられたりとか、理不尽にガンガン怒られたりとか)職場での居場所を失ってました。

 結婚もしていない、子供もいない私には職場で居場所がない=人生で居場所がないと感じられて本当に毎日が辛かったです。

 だからもう1人の自分が欲しかったんです。仕事では認められないけど、どこか別の場所では認めてほしい。どこか別の場所に私の居場所が欲しい。その居場所を作るための手段が2次BLを書くということでした。

 

 もちろん私が書いているCPが完全な手段であって、全くもって好きでもないけど書いているというわけではありません。仕事のストレスがどうこう以前から好きでしたし、今でも大好きです。だけど仕事のストレスがなかったら多分ROM専のままでした。

 なので創作の始まりがそもそも自分を認めてほしいという承認欲求の塊からスタートしてます。非常に邪ですね。

 

 創作するにあたってはただ単に絵が描けなかったので小説にしてみました。ただ小説も人生において全くもって書いたことも書こうと思ったことも無かったので書けるかどうかは正直賭けでした。完結できないかもしれない。そもそも書いたものが物語として成立するかもわからない。そんなところからスタートしました。

 結果、あっという間に書けちゃった。

 本当にあっさりかけてしまいました。自分でもこれはびっくりしました。文字数は10000字に満たないくらい。ありがちなシチュエーションのよくあるストーリーでしたが、とりあえず頭の中の妄想をなんとか形にすることができました。多分2、3日くらいでかけたかな。

 さあ!書けたからには発表するしかない!あわよくば評価されたい。あの人が書く小説いいよねって思われたい。

 ここから私の創作趣味と新たなストレスが始まります。

 

まずはブログの内容紹介と自己紹介を

 はい、成人済みのクソ腐女子です。

 腐女子歴は10年超くらい。高校の時に唐突に1次のBL小説にはまり、そこから2次BL小説にハマり込みました。そこからBLの漫画も徐々にいける感じになり、大学生時代は推しCPの薄い本を買い漁る日々でした。社会人になるとお金に自由がきくのでより買い漁るようになりました。

 長らくROM専(読むことのみする人)でしたが社会人の仕事ストレスによりついに書く側にまわりました。そしたら今度は書く側にのめり込みまして今に至ります。趣味で2次のBL小説を読み漁り、なおかつ2次BL小説を書いたりもするどこに出しても恥ずかしい立派な腐女子になってました。

 

 このブログを開設したのは書く側に回ってから感じたどうしようもないストレスとか不満をどっかでぶちまけたかったからです。

 創作アカウントは持ってますが、そこでは決して言えないダークでどうしようもない自業自得とも言える愚痴をひたすら書きます。

 同じことをしてる人には分かるとなるでしょうし、全くもって別人種の方にはこういう思考回路なんだなと思っていただけたらと思います。